投資信託

投信セレクション_3_プレミアム・キャリー戦略ファンド

今回ご紹介するファンドは2021年12月21日に設定された「プレミアム・キャリー戦略ファンド」です。このファンドはケイマン籍の外国籍投信で実質的な運用はクレディ・スイスが行います。信託報酬は1.2%、取り扱い販売会社はSMBC信託銀行だけです。私はこの商品に投資したい、その理由のためだけにSMBC信託銀行に口座開設をしました。

S&P500のプットオプションを売ります!

このファンドの最大の特徴は投資対象と投資手法です。普通のファンドは株や債券に投資しますが、当ファンドの投資対象はS&P指数のプットオプションで、しかも売りを行います。

具体的に見てみましょう。

当ファンドが利用するオプションは、権利行使価格が現値から8%離れたアウトオブザマネーのS&P500のプットオプションで、このオプションを売ります。プットオプションの売りは指数の買い持ちポジションなので、指数が上昇すればリターンが得られ、下落すれば損失を被ることになります

オプションには満期があり、満期を迎えたら決済し損益が確定されます。当ファンドが利用するオプションの満期は1ヶ月です。1ヶ月保有し満期を迎えたら、次限月のプットオプションに乗り換えます。

1ヶ月満期のオプションを売り、満期が来たら今月の最終損益を確定し、来月に乗り換える、このプロセスをひたすら繰り返すことになります。オプションのシステマティック・スマートベータ・ファンドです。

バックテスト上のパフォーマンスは凄い!

当ファンドの戦略は単純です(8%アウトのプットを売り、満期を迎えたら次限月にロールする)。ところがパフォーマンスはものすごいことになっています!販売用資料によると、2000年1月から2021年9月までのトータルリターンが年率5.5%、リスクが8.7%でした。同じ期間のS&P500はリターンが5.1%、リスクが20.6%なので、プットプレミアム戦略がいかに優秀であるかおわかりいただけると思います。

素晴らしいリスクリターン特性です!

オプションの売り戦略とは自動車車両保険を販売する保険事業です

オプションの売り戦略は自動車の車両保険と似ています。保険会社を思い浮かべて下さい。保険会社は保険契約が終了するまでの間に保険契約者が事故を起こさなければ、保険料を丸取りできます。しかし事故が起こってしまったら、保険金を支払わねばなりません。

プットを売る当ファンドのペイオフパターンも一緒です。1ヶ月の間S&P500が「無事故」ならプレミアムを獲得できますが、不幸にも事故が起これば保険金を支払います。当ファンドで言うところの事故とは、S&P500が8%値下がりすることです。獲得できるプレミアムはその時の相場状況によりますが、過去では1ヶ月で0.45%でした。事故が起こらなければ得られるリターンとしては極めて高いリターンだと思います!

オプションの売り戦略に潜む怖さ

では事故が起こってしまった状況について簡単に想像してみましょう。株価が指数ベースで8%値下がりしている投資環境です。投資家が阿鼻叫喚の中でワナワナしていることでしょう。VIXは40台までは跳ね上がっているのはないでしょうか。株式は大きく売られる中で、安全資産である国債利回りは急低下しているはずです。Cash is Kingです。

また8%値下がりの反響は市場関係者だけに止まることはあり得ません。テレビ、新聞など様々なメディアでトップニュースとして取り扱われることは間違い無いでしょう。

金融市場では「明日も下がるかもしれない、ポートフォリオが更に痛むかもしれない」といった人間心理が強く前面に現れ、とにかく急いでポジションを落としたい衝動に駆られやすくなります。こうした衝動は安全資産への需要を急速に高め、リスク資産を適正な価格を度外視して手放す動きに発展します。「投げ売り」です。

「投げ売り」はプットオプションを売っている人に大きな試練を与えます。この試練を乗り越えられなければ、人生ゲームオーバーになるかもしれない、そんな試練です。その試練とは、プットオプションの売り戦略の最大のリスク「コツコツ稼いでドカンとやられる」に直面させられることです。

オプションの価格特性についてはいつか別の機会で詳細に触れたいと思いますが、ブラックスワンが舞い降りた時にプットオプションをショートしていたら、ポジション量によっては人生ゲームオーバーになるかもしれません。OTMのプットオプションがITMに入ってゆく時の恐怖はなんとも言えないものがあります。

ドカン損失の理由は、相場が下落する中でデルタ・ロングのポジションを持っていること、ボティリティが急上昇する中でベガ・ショートのポジションを持っていることの2点に帰着します。損失の発生源になっているデルタ・ロングとベガ・ショートを相殺するポジションを作ればヘッジされますが(先物のショートとコールオプションのロングの併せ持ちですね)、ヘッジ行為はそれまでの評価損を実現損として固定化してしまうため、心の整理がつきません。整理がつかないから、膨らむ損失を目の当たりにしながらポジションの整理もできなくなる、そして気付いた時にはゲームオーバー、みたいなことに陥ってしまう、そんな感覚でしょう。

オプションの売り、特にプットオプションの売りには、このような恐怖が潜んでいることを理解しておく必要があります。

ドカンの大きさはどれくらい?

販売用資料によると、2000年1月から2021年9月までの261ヶ月間に事故にあった回数は9回です。ほとんど事故に合いません。しかし一回の事故が大事故に発展しやすいのがプットオプションの売り戦略です。

ドカンの大きさを資料から調べてみると、バックテスト上では1ヶ月の最大損失は7.3%でした。ポジションが控え目なので相場がクラッシュしてもファンドが大事故になることは避けられているようです(平均リターンが年率5.5%(=月次5.5%/12=月次0.45%)、リスクが年率2.5%(=月次2.5%/3.4=月次0.73%))。これくらいの最大ドローダウンならブラックスワンが来ても耐えられそうです。控え目なポジションの意味は、8%外していること、また資料には書かれていませんが、おそらく想定元本も控え目になっていると思われる、という意味です。

ドカンはありますが、耐えられそうなドローダウンです(ドカンの次が美味しくなります!)。年間では全てプラス!

ブラックスワンが通り過ぎた後はめっちゃ美味しくなります!

このファンドの素晴らしいところは、ブラックスワンが通り過ぎた後も淡々とプットオプションの売りを続けることです。先ほどの保険会社の例を思い出してください。

事故を起こしてしまった翌年の保険料は確実に上がります。市場も一緒です。クラッシュを見た後の投資家は慎重になっているものです。再び値下がりが起きたらどうしよう・・・と言う不安に駆られながら、次の暴落、その次の暴落に備え、進んで高い保険料をプットオプションに支払う傾向にあります。人間とはそういう生き物なのです。

もちろん8%値下がりした来月も8%値下がることもあるかもしれません。しかしプットオプションはより一層高い価格になります。つまりドカン事故が起きると、当ファンドもそれなりの被害を受けることになりますが、次は美味しいポジションを作ることができる、というわけです。この点は非常に重要で当ファンドのキモといっても良いでしょう。「羹に懲りて膾を吹く」では収益は得られません。やられたら次回は丸取り、ということです。

「プレミアム・キャリー戦略ファンド」、素晴らしいと思います!

オプションはとても奥深い金融商品ですが、その奥深さゆえに誤解されやすい金融商品です。その誤解も極端で、「オプションなんて簡単」と豪語するタイプの誤解から、「触るな、キケン」のように忌み嫌うタイプまで、実に多様な誤解に満ち溢れた金融商品です。

しかしオプションの性格と特徴、なかんづく牙を剝くタイミングや手懐ける技術を知っておけば、オプションは資産運用の有力なツールであり、利益をもたらしてくれます。

オプション価格には市場参加者の心理が織り込まれており、その心理が行き過ぎの場合はオプションを売ることによって収益が見込まれます。低金利環境のため金利から収益を上げることが難しい時代です。しかし人の心理や相場への恐怖はどんな時代になっても残り続けることでしょう。オプションを通じて人間心理を値踏みし運用収益に転換する。なんと素晴らしいアイディアでしょうか!

オプションの特徴を生かしたファンドスキームを作り、一般投資家の手に届く商品に仕立て上げてくれたクレディ・スイスさんとSMBC信託銀行さんにはマジで感謝です。

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